
多様な個人の自動車のシートベルト装着位置・着座姿勢と衝突時の乗員保護
本研究は公益財団法人JKAによる「2025年度機械振興補助事業(研究補助)」競輪の助成を受けて実施されたものである.
本研究では,多様な体格の乗員を対象として,自動車後席におけるシートベルト装着位置,着座姿勢,および衝突時の乗員保護性能の関係を検討した.特に,ラップベルトが骨盤前縁のASISから外れて腹部へ移動するサブマリンに着目し,実車計測,人体モデル解析,スレッド実験,および拘束装置の設計因子解析を通じて,サブマリン発生に関与する因子とその防止方策を明らかにした.さらに,胸部傷害の低減を目的として,デルタ型4点式シートベルトの効果を検討した.
@ 被験者の姿勢とベルト位置計測
被験者の静的計測および走行中の動的計測により,後席乗員の着座姿勢とベルト位置の実態を調べた.静的計測では,小柄な女性乗員では大腿長に対してシート座面長が長いため,腰部がシートバックから離れ,骨盤が前方へ移動して後傾しやすいスローチング姿勢となっていることを確認した.スローチング姿勢では,骨盤角が後傾し,ベルトASISオーバーラップが小さくなるため,サブマリン発生リスクが高くなる.また,後席の走行中における計測では,助手席では骨盤位置と骨盤角度が安定していたのに対し,後席では走行中にアップライト姿勢とスローチング姿勢が周期的に変化した.実際の走行中にもサブマリン発生確率が高いスローチング姿勢が生じることを確認した.

身長150 cm未満の乗員の典型的な着座姿勢(後席)

走行中の後席乗員におけるベルト骨盤角,ベルトASISオーバーラップの時間変化,およびサブマリン発生リスク
A 人体モデル群の構築とシミュレーション
CT画像にもとづいてBMIが異なる人体モデル群を構築し,後席前面衝突時の乗員挙動を有限要素解析により検討した.標準着座姿勢では,乗員は比較的良好な拘束挙動を示したが,リクライニング姿勢およびスローチング姿勢では骨盤の後方回転が大きくなり,サブマリンが発生しやすくなった.特に,スローチング姿勢では,骨盤の前方移動量が大きく,サブマリン発生頻度が高かった.さらに,小柄女性ダミーを用いたスレッド実験により,スローチング姿勢では衝突初期にラップベルトが骨盤から外れ,シミュレーションと同様にサブマリンが発生することを確認した.また,ベルト骨盤角とベルトASISオーバーラップを説明変数とするロジスティック回帰モデルにより,サブマリン発生確率の予測式を構築した.
|
|
|
|
|
|
|
|
|
標準着座姿勢 |
リクライニング姿勢 |
スローチング姿勢 |
図 着座姿勢別の乗員の運動(後席,50 km/h)

図 サブマリン発生リスク
B 安全対策の検討
サブマリン防止に向けた安全対策を検討した.骨盤に作用する力と力のモーメントを解析することで,股関節,腰椎,ラップベルト,ショルダーベルト,およびシート反力が骨盤の前方移動と後方回転に与える影響を整理した.拘束装置の設計因子解析により,骨盤前方変位の影響因子は,ラッププリテンショナー,ラップベルトアンカー位置,およびシートパン角度であった.一方,サブマリン防止には骨盤の後方回転を抑制することが重要であり,ショルダーベルトによる過度の体幹拘束力の緩和,ラップベルトアンカーの前方配置,およびシートパン前部構造による骨盤支持が有効な設計指針となることを示した.

図 THOR 50Mの骨盤に作用する力と曲げモーメント

図 骨盤の後傾角度に対する主効果
新たな拘束装置として,デルタ型4点式シートベルトを検討した.デルタ型4点式シートベルトは,両側鎖骨を経由して体幹側部を拘束することで,3点式シートベルトに比べて胸郭を前後方向に圧縮する負荷を低減できる.したがって,この結果は,骨脆弱性により胸郭骨折が発生しやすい高齢者において,デルタ型4点式シートベルトが有用であることを示唆している.ただし,デルタ型4点式シートベルトでは,体幹の前屈により脊椎に作用する曲げモーメントが増加する傾向が見られた.

図 デルタ型4点式シートベルト
C 結 論
後席乗員の保護性能を向上させるためには,標準的な着座姿勢のみを前提とするのではなく,小柄乗員,高BMI乗員,スローチング姿勢,走行時の姿勢変化など,実使用時に生じる多様な姿勢と体格差を考慮する必要がある.サブマリンは,骨盤の前方移動,後方回転,ベルト骨盤角,およびベルトASISオーバーラップが複合して生じる現象であるため,シートベルトとシートを一体の拘束システムとして設計することが重要である.さらに,デルタ型4点式シートベルトのような新たな拘束方式を検討することで,骨盤拘束だけでなく胸部負荷の低減も含めた乗員保護性能の向上が期待できる.本研究で得られた知見は,多様な乗員に対応した後席拘束装置の設計指針,ならびに胸部,脊椎,骨盤を含めた総合的な乗員保護性能評価手法の高度化に資するものである.
報告書